経営

クリニックの労務管理、押さえておきたい基本

スタッフが少人数のクリニックでも、労働時間の管理や年次有給休暇の取得、就業規則の整備といった義務は同じように課されます。厚生労働省の公表資料をもとに、院長が最低限押さえておきたい労務管理の基本を整理します。

KEY POINTS

この記事の要点

  1. 労働時間や休暇に関する法律上の義務は、スタッフが少人数のクリニックでも免除されない
  2. 時間外労働には36協定の締結・届出が必要で、労働時間はタイムカード等の客観的な方法で記録する
  3. 年10日以上の有給休暇が付与されるスタッフには、年5日を確実に取得させる義務がある

診療所の運営では、院長が診療とマネジメントの両方を担うことになります。そのなかで後回しになりやすいのが労務管理です。スタッフが数名という規模だと、「お互いの顔が見えているから、細かいルールがなくても回っている」という状態が長く続くこともあります。

ただ、労働時間や休暇に関する法律上の義務は、事業場の規模が小さいからといって免除されるわけではありません。むしろ人数が少ない職場ほど、一人の欠員や一件のトラブルが運営全体に響きやすく、結果として労務の問題が経営の問題に直結します。

この記事では、クリニックの院長が最低限押さえておきたい労務管理の基本を、厚生労働省が公表している資料をもとに整理します。制度は改正されることがありますので、実際の運用にあたっては最新の情報と、社会保険労務士など専門家の助言をあわせてご確認ください。

労務管理は「知らなかった」で済まない領域

労務管理が難しいのは、多くのルールが法律で定められた義務であり、当事者の合意があっても外せない部分があるからです。「スタッフ本人が納得しているから」「これまで問題が起きていないから」という理由は、制度上の根拠にはなりません。

また、労務の問題は表面化したときには既にこじれていることが多いという特徴もあります。退職の際に未払い残業代を指摘される、有給休暇の取得実績を問われる、といった形で顕在化するケースが典型です。日々の運用を整えておくことが、結果的に最も負担の少ない対応になると考えられます。

クリニックの労務管理で押さえる5点の図解
押さえておきたい労務管理の基本

労働時間のルールを確認する

法定労働時間と、診療所に認められている特例

労働基準法では、労働時間は原則として1日8時間・週40時間以内と定められています(厚生労働省「建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制」)。

一方で、商業・映画演劇業・保健衛生業・接客娯楽業に該当し、常時使用する労働者が10人未満の事業場については、週の法定労働時間を44時間とする特例が設けられています(労働基準法第40条、労働基準法施行規則第25条の2。厚生労働省の労働局が「特例措置対象事業場」として解説しています)。保健衛生業には病院・診療所が含まれるため、小規模な診療所はこの特例の対象になり得ます。

ただし、この特例が緩和しているのは週の上限であり、1日8時間という上限は変わりません。また「常時10人未満」は企業単位ではなく事業場単位で判断される点にも注意が必要です。

時間外労働をさせるには36協定が必要

法定労働時間を超えて働かせる場合、または法定休日に労働させる場合には、労使間で時間外・休日労働に関する協定(いわゆる36協定)を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。

時間外労働の上限については、厚生労働省の同ページで次のように示されています。

  • 原則として月45時間・年360時間以内
  • 臨時的な特別の事情がある場合でも、年720時間以内、単月100時間未満(休日労働を含む)、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)
  • 限度時間を超えて延長できるのは年6か月まで

診療所では、外来の延長や急な欠員対応で残業が発生しやすい一方、36協定の届出そのものが済んでいないというケースも見受けられます。まずは自院に協定があるか、有効期限が切れていないかを確認するところからになります。

医師については別の枠組みがある

医業に従事する医師には、2024年4月から上限規制が適用されています。厚生労働省の同ページによれば、特別条項付き36協定を締結する場合の特別延長時間の上限は、A水準・連携B水準で年960時間(休日労働を含む)、B水準・C水準で年1,860時間(休日労働を含む)とされています。

あわせて、個人に対する時間外・休日労働の上限として、副業・兼業先の労働時間も通算する必要があるとされています。非常勤の医師に勤務してもらう場合、他院での勤務時間を含めて考える必要があるということです。診療所であっても勤務医を雇用していれば対象になりますので、常勤・非常勤を問わず勤務実態の把握が前提になります。

労働時間の把握は記録として残す

労働時間の管理でよく問題になるのが、記録の残し方です。

厚生労働省の「働き方改革関連法解説(労働安全衛生法/産業医・産業保健機能の強化関係)」では、2019年4月から、労働時間の状況をタイムカードやICカード、パソコンの使用時間の記録といった客観的な方法その他の適切な方法により把握し、その記録を作成して3年間保存することが求められる旨が示されています。また、労働時間の把握については「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)も公表されています。

自己申告による把握はやむを得ない場合の例外的な扱いとされており、その場合には所定の措置を講じる必要があるとされています。手書きの出勤簿だけで運用している場合は、記録方法を見直す余地があると考えられます。

年次有給休暇は「年5日」の取得が義務

2019年4月から、年10日以上の年次有給休暇が付与されるすべての労働者について、使用者が時季を指定して年5日を確実に取得させることが義務づけられています(厚生労働省「年5日の年次有給休暇の確実な取得 わかりやすい解説」)。

押さえておきたいのは次の点です。

  1. 対象は年10日以上付与される労働者で、管理監督者も含まれます
  2. 時季の指定にあたっては、労働者の意見を聴取し、その意見を尊重することが求められます
  3. 労働者本人の請求や計画的付与によって既に5日以上取得している場合、その分については使用者の時季指定は不要です
  4. 時季指定を行う場合は、対象となる労働者の範囲と指定の方法を就業規則に記載する必要があります

診療所では、スタッフ数が限られているために「休まれると回らない」という事情が生じやすく、有給休暇の取得が進みにくい傾向があります。しかし取得義務は事業規模にかかわらず課されるため、シフトの組み方や代替要員の確保を含めて、取得を前提とした体制を設計しておく必要があります。

就業規則と労働条件の明示

労働基準法第89条では、常時10人以上の労働者を使用する使用者に対し、就業規則を作成して労働基準監督署に届け出ることを義務づけています。10人未満であれば法律上の作成義務はありませんが、労働条件やルールを書面で明確にしておくことは、トラブルの予防という観点からは有効だと考えられます。

また、労働条件の明示についても改正があります。厚生労働省「2024年4月から労働条件明示のルールが変わります」によれば、2024年4月から、すべての労働者に対する明示事項として「就業場所・業務の変更の範囲」が追加されています。ここでいう変更の範囲とは、雇入れ直後にとどまらず、将来の配置転換など契約期間中の見込みを含めた範囲を指すとされています。

採用時に渡している労働条件通知書のひな型が古いままになっていないか、一度確認しておきたいところです。

少人数の職場だからこそ起きやすいこと

規模の小さい職場では、次のような状況が生じやすいと考えられます。

  • 業務の属人化が進み、特定のスタッフが休めない状態になる
  • 院長との距離が近いぶん、労働条件の話を切り出しにくい
  • 前任者の退職とともに、労務関係の書類の所在が分からなくなる
  • 「暗黙の了解」で運用されているルールが、書面化されていない

いずれも、制度を整えること自体よりも、運用を続ける仕組みを持てるかどうかが問われる問題です。院内で完結させようとせず、社会保険労務士や勤務環境改善を支援する外部機関に相談できる体制を持っておくことが、現実的な備えになると考えられます。医療機関向けには、各都道府県に医療勤務環境改善支援センターが設置されています。

よくある質問

スタッフが5人しかいないクリニックでも36協定は必要ですか?

必要です。36協定は事業場の規模にかかわらず、法定労働時間を超えて労働させる場合や法定休日に労働させる場合に締結・届出が求められるものです。残業がまったく発生しない運用であれば別ですが、少しでも時間外労働の可能性があるのであれば、締結しておくことが前提になります。

有給休暇の年5日取得義務は、パートのスタッフにも適用されますか?

対象となるのは年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者です。パートタイムであっても、所定労働日数に応じた比例付与によって年10日以上が付与される場合は対象になります。付与日数は勤務日数や勤続年数によって変わりますので、個々のスタッフについて確認しておく必要があります。

就業規則は何人から作成しなければいけませんか?

労働基準法第89条により、常時10人以上の労働者を使用する場合に作成と労働基準監督署への届出が義務づけられています。10人未満の場合は法律上の義務はありませんが、年次有給休暇の時季指定を行うにあたっては就業規則への記載が求められるなど、規則を整備しておいたほうが運用しやすい場面があります。

タイムカードがないのですが、出退勤はどう記録すればよいですか?

厚生労働省の資料では、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録といった客観的な記録を基礎とすることが示されています。やむを得ず自己申告によらざるを得ない場合には、所定の措置を講じる必要があるとされていますので、まずは客観的に記録できる方法を検討することをおすすめします。

まとめ

クリニックの労務管理は、労働時間の把握、36協定の締結、年5日の年次有給休暇の取得、就業規則と労働条件の明示といった基本的な項目を押さえるところから始まります。いずれも事業場の規模によって免除されるものではなく、少人数だからこそ運用の設計が重要になると考えられます。

制度への対応は、単なる義務の履行にとどまらず、スタッフが働き続けられる環境をつくることにもつながります。人員体制や業務設計を含めた経営全体のご相談は、開業支援・経営支援のページからお問い合わせいただけます。


本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の成果を保証するものではありません。制度の内容は改正されることがありますので、実際の運用にあたっては厚生労働省の最新の公表資料をご確認のうえ、社会保険労務士等の専門家にご相談ください。

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