診療圏調査の読み方と限界
診療圏調査は開業地選定の出発点になりますが、推計値である以上、読み方を誤ると判断を歪めます。受療率という数字の性格を公的統計で確認したうえで、調査結果の限界と、数字を補うために確かめたい点を整理します。
KEY POINTS
この記事の要点
- 推計患者数は、診療圏の設定・受療率・競合の数え方という前提次第で変わる推計値である
- 外来受療率は年齢で大きく異なり、令和5年は65歳以上が10,208、20~24歳が2,367
- 調査結果は候補地比較の物差しとして使い、現地の人の流れや将来人口を自分で確かめて補う
開業地を検討する際、多くの場合まず手に取ることになるのが診療圏調査のレポートです。候補地を中心に一定の範囲を設定し、その中の人口と競合施設をもとに、1日あたりの推計患者数を算出したものが提示されます。
このレポートは、候補地を比較する共通の物差しとして有用です。一方で、そこに書かれた数字は前提を積み重ねた推計値であり、前提が変われば結果も変わります。「推計患者数が◯人と出たから大丈夫」と考えて他の検討を省いてしまうと、判断を誤る余地が生じます。
この記事では、診療圏調査が何を計算しているのかを確認したうえで、その限界と、数字を補うために自分で確かめておきたい点を整理します。
診療圏調査は何を計算しているのか
診療圏調査で一般に用いられる考え方は、次の3段階に整理できます。
- 候補地を中心に、患者が来院すると想定される範囲(診療圏)を設定する
- その範囲の人口に、診療科に対応する受療率を掛けて、圏内で発生する患者数を推計する
- 圏内の競合施設数で割り、自院に来ると見込まれる患者数を算出する
この3つのステップは、それぞれに前提が入っています。診療圏の広さをどう設定するか、どの受療率を使うか、競合をどう数えるか。いずれも調査を行う側の設定次第で数字が動きます。
「受療率」という数字の性格
推計の中心にあるのが受療率です。厚生労働省の患者調査では、受療率は「推計患者数を人口10万対であらわした数」と定義されており、推計患者数を推計人口で割って10万を掛けたものとされています(厚生労働省「令和5(2023)年患者調査の概況」)。
同調査によれば、令和5年の全国の受療率(人口10万対)は入院945、外来5,850です。この数字は全国平均であり、実際には条件によって大きく変動します。
年齢構成で大きく変わる
年齢階級別の外来受療率(人口10万対)を見ると、令和5年では「65歳以上」が10,208である一方、「20~24歳」は2,367、「15~19歳」は2,459となっています。年齢層によって4倍以上の差があることになります(厚生労働省「令和5(2023)年患者調査の概況」)。
同じ人口規模の地域でも、高齢化が進んだ住宅地と、若い単身世帯が多いエリアでは、発生する外来患者数の水準がまったく異なります。診療圏の人口だけでなく、その内訳を確認する必要があります。
地域によっても変わる
都道府県別に見ると、令和5年の外来受療率(人口10万対)は「和歌山」が6,846で最も高く、「沖縄」が4,528で最も低くなっています。入院では「高知」1,785に対し「神奈川」665です(同上)。
全国平均の受療率をそのまま候補地に当てはめると、地域差の分だけ推計がずれる可能性があります。
調査結果を鵜呑みにできない理由
1. 診療圏の設定次第で結果が変わる
診療圏を半径何メートルで設定するかによって、圏内人口も競合数も変わります。設定を少し広げれば推計患者数は増え、狭めれば減ります。レポートを読む際は、まず診療圏の設定条件が明示されているかを確認し、条件を変えた場合の数字も見ておきたいところです。
2. 競合が均等に扱われる
競合施設数で単純に割る計算では、開業して間もない診療所も、地域で長く支持されている診療所も、同じ「1施設」として扱われます。実際には、診療所ごとに患者の集まり方は大きく異なります。標榜科が同じでも、実際に注力している領域が異なれば、競合の度合いも変わります。
3. 人の流れが反映されにくい
人は居住地の周りだけで生活しているわけではありません。通勤・通学の動線、大きな幹線道路や鉄道による分断、買い物先の商業施設など、地図上の距離だけでは表せない要素が受診行動を左右します。徒歩圏に見えても、間に川や線路があれば実際の来院は限られます。
4. 将来の人口変化が織り込まれていない
診療圏調査は現在時点の人口をもとに計算されます。開業後に何年も診療を続けることを考えれば、その地域の人口が今後どう変化するかも重要な変数です。国立社会保障・人口問題研究所が公表している地域別の将来推計人口などを併せて確認しておく価値があります。
5. 調査データそのものにも制約がある
受療率の基礎となる患者調査は、3年ごとに実施される標本調査です。令和5年調査では、診療所については令和5年10月17日(火)、18日(水)、20日(金)の3日間のうち、診療所ごとに指定した1日が調査日とされています(厚生労働省「令和5(2023)年患者調査の概況」調査の概要)。ある特定の1日の断面から全体を推計したものであり、季節性のある疾患などは実感と異なる形で現れる可能性があります。
数字を補うために確かめたいこと
推計はあくまで出発点です。レポートを受け取ったら、次のような確認を自分で行うことをおすすめします。
- 候補地に実際に足を運び、曜日と時間帯を変えて人の流れを見る
- 近隣の医療機関の診療時間、休診日、待合の状況を確認する
- 最寄り駅やバス停からの経路、駐車場の有無と台数を確認する
- 圏内の人口構成(年齢別・世帯構成)を統計で確認する
- 将来の人口推計と、周辺の開発計画・再開発の予定を確認する
- 同じ条件で複数の会社に調査を依頼し、前提の違いを比較する
これらは特別な調査ではなく、時間をかければ自分で確認できることばかりです。数字と現地の印象が食い違う場合、その理由を説明できるまで掘り下げておくと、判断の精度が上がると考えられます。
よくある質問
診療圏調査の推計患者数は当たりますか?
推計値であり、前提の置き方によって変わります。診療圏の設定、使用する受療率、競合の数え方のいずれもが結果に影響します。当たるかどうかで捉えるより、候補地を同じ条件で比較するための物差しとして使い、現地確認と組み合わせて判断することが現実的だと考えられます。
診療圏の半径はどう決めればいいですか?
一律の正解はなく、診療科の性質や地域の交通環境によって変わります。日常的に通院する診療科と、頻度が低い診療科では、患者が移動を許容する距離が異なります。重要なのは、設定した根拠が説明できることと、条件を変えた場合に結果がどう動くかを把握しておくことです。
複数の会社に依頼すると結果が違うのはなぜですか?
診療圏の設定条件、参照している受療率のデータ、競合施設の数え方が会社によって異なるためです。結果が食い違うこと自体は珍しくありません。むしろ、前提の違いを比較することで、どの条件が結果を大きく動かしているのかが見えてきます。
診療圏調査で「厳しい」と出た場所は避けるべきですか?
一概には言えません。推計上は競合が多くても、診療内容や診療時間の設定によって患者層が重ならない場合もあります。逆に、推計上は有利でも、実際の人の流れや立地条件が悪ければ想定どおりにならないこともあります。数字だけで結論を出さず、なぜその結果になったのかを分解して確認することが重要だと考えられます。
まとめ
診療圏調査は、候補地を比較するうえで有用な出発点ですが、診療圏の設定・受療率・競合の数え方という3つの前提に支えられた推計値です。受療率は年齢構成や地域によって大きく変動し、地図上の距離では表せない人の流れも結果には反映されません。
レポートの数字を確認したうえで、現地の状況、人口構成、将来の人口推計を自分で確かめること。そのうえで、数字と実感が食い違う場合は理由を掘り下げること。この積み重ねが、開業地の判断を支えることになると考えられます。
開業地の検討や事業計画に関するご相談は、開業支援・経営支援のページからお問い合わせいただけます。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の成果を保証するものではありません。引用した統計は特定年次の集計値であり、個々の地域や医療機関の状況とは異なります。実際のご判断にあたっては、最新の統計と現地の状況をご確認ください。
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